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第三回 

またもやTAKE より 

〜勝負の呼吸〜

 


趣味に、将棋がある。おっさんくさいが・・・。
街道場で二段位で、トーナメントで準優勝、月間勝率第二位と、ちっとは自慢できる実績を残したこともある。しかし私が在籍しているサークルでは私くらいな腕前はざらにいて、むしろ私などサークルでは下位の方だったりする。


実際の所、私は将棋の本は月刊誌を含めたら300冊以上もっているしプロ棋戦の最新棋譜もこまめにチェックする。江戸時代の将棋の古典書物もちゃっかし入手するほどのオタクぶりだ。でわ私より強い人が全てこれ以上の書物をもち知識をかね揃えているかといわれるとそうでもない。


ジャズのフィールドでは瞬時に創造していく力が必要ですが、これは勝負事全てにもいえるわけでその力が結果となる。将棋にも残酷な面はあって、勝つためには瞬時に罠を仕掛け、それを知らぬ顔して使う狡猾さも必要である。またこれは頭でっかちの人間には見事にはまりやすい。つまり私のような人間が一番引っかかるわけだ。無論、局後対局者はこれを罠だとは決して漏らさないし、感想戦でこちらがたとえ追求したところではぐらかされる。勝負とはそれ程厳しいものだと実感される一面である。まあ正直に全てのネタをばらすような奴は当然一線級にはなれない。


はっきりいおう。私はおそらく将棋仲間連中にあいつは知識だけで腕はたいしたことないと思われている。又、どんなに知識で序盤をリードされても必ず中盤から崩れていくだろうとも思われている。事実そういう負けかたは何度もした・・・。


己の弱さを知識と理論武装で補う事は一時の安堵を得れるが、それに頼りきれば強さではなく脆さになる。知識や人の見解を疑いもせずに錯誤もせず吸収すれば、言葉は喋れても考え方を持つことはできないのと一緒である。


以前尊敬している作曲の先生に好きなピアニストの奏法に近い演奏を得意げにしたら
「それは君の宇宙ではないよ。」と一蹴された。寡黙で、私が生意気な事をいっても決して檄昂することのないその先生に言われた言葉には重みもあり、相当心に突き刺さった。その一言には音楽をする者として安易にそういうことをしてはいけないと込められているような気がして・・・ただただ猛省した。


「棋は対話なり」というが、バンドもそうである。


演奏の何分かは勝負であり、対話でもある。だからこそ私達は音に己の生き様をみせなきゃならない。
拙い言葉でしか喋れなくとも、借り物の言葉ではなく自分の考えをいえたらなと思う今日この頃である