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第8回 〜グルメの行く着く末は・・・〜


本日出張先でジンギスカンを食べた。いわゆる羊の肉だ。


この羊の肉は生後1年未満をラムといい、このラム肉が最も良質で旨い羊の肉といわれている。
勿論私が食べたのもこのラム肉である
またこれは羊に限った事ではなく、例えば鹿もそうである。この肉も子鹿の肉が美味とされて子鹿は生まれてすぐ首を固定され全く身動きをとれない状況ですぐ殺される。最初は木かなんかで固定してたのだが、それだと子鹿はもがき苦しみその木を食いちぎって体内に木が入りこんでしまうため、今では鉄で固定されるようになった。


つまり生後たった一年を、苦しい思いだけして死ぬのである。


私は22の頃、どれだけ自分が肉を食べないことが出来るのだろうか試してみた。
暴飲暴食の豊かなこの国に生まれて常にあらゆる肉を食べて育ってきた。その私がどれだけ菜食主義に徹すれるか試した結果一週間だった。つまり私が可愛そうだとも、おかしいとも言える資格なんてないのである。


目を背けないで聞いて欲しい。
さらに残酷なのは、ある先進国では猿の脳味噌を出すのである。これも小猿である。
これは完全に首を固定された生きた小猿をトンカチのような鈍器で頭をめった打ちにするのである。
驚くことにこれは、調理する側が事前にするのではなくそれを食す者が自らやり、その頭を剥いでスプーンですするのである。
(これは映画なんかでも見かけるシーンでもあるが、実際ホントなんです。)
最初は遠慮していた女性も最後はやみつきになりますというばかっぷりなコメントには私にとってとても理解できない光景でもあった。

しかし食す素材に命が宿ってない物等この世にはないのである。


その私も、若い頃はこの性格が幸いしてか
「何て可愛そうなんだ!!」と取り憑かれたようにセンチになり肉を断とうとしたが出来なかった・・・。
それに食べる本質を考えた時、その行為はそもそも牙で傷つける行為であって、それ自体が攻撃なのである。
だから生きるってのは他者を傷つけて成り立つもので、それは決して可愛そうだとかでは片づけられない。

だから、子羊も子鹿も小猿も同列に考えたとき小猿は駄目で子羊、子鹿は良しともいえないし、子羊も子鹿も小猿も駄目で牛、豚は良しともいえないのである。またくどく言うと菜食主義者にみられる魚は良くて肉は駄目というのも結局は自己満なのである。

答えがないまま各々がその事について悩み考えるしかない・・・・。

小学生の頃、アホな先生が
「だから残さず食べましょうね。そうすれば豚さんも牛さんも天国で感謝して見守ってくれるんだよ〜」
なんていうキチガイがいたが・・・・。こういう馬鹿、教師にさせるなよって思うんだよね。
ちなみにこの馬鹿、宮沢賢治の「注文の多い料理店」も
「実は狩人達が料理店に食べられちゃうんですね〜怖い話ですね〜」と肝心なことを子供に教えず、ただのブラックコメディーで終始させた・・・。

宮沢賢治は徹底した菜食主義者で、狩人たちがゲーム感覚で動物を殺す事に、殺される恐ろしさを狩人達に味あわせる為、ああいう話で纏めたのである。無論読解力のない小学生はそこまでは読めないし、宮沢賢治の知識もないから、そこを先生が教える最大のポイントになる。
子供達は動物を殺す行為について可哀想ともいう子もれいば、でも肉はおいしいという子もいるだろう。
そういう風に「考える」という思考を子供に持たせるのが一番大切なことでもある。
それによって他人に対しての思いやりや気配りを持てる人間になれるのではないかと、私は思っている。


この話に結論等ない。ただ今日、ラムを上司に勧められて、それを食べ美味しいと思った・・・その事を少し考えてしまった・・・