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第十回 〜呆けって、オレって〜


 えー今回は自分の経験を含め不快な内容もあります。


現在、医療、介護問題や福祉、ボランティア関連について真剣に考えている人、又は携わっている人には不謹慎と思う記載もあるかと思いますがご了承下さい。


 
 私は呆けた瞬間、愛は終わると考えている人でまさに薄情で自分本位の人間でもある。
だから自分が呆けたら、オランダ辺りで安楽死を強く希望しているし、我が子がいるならばそう処置してくれと今のうちに言っていると思う。(うーんしっかしオッサン通り越して爺さんの発言だよな〜・・・若造の戯言かもね・・・)
 多分まだ若くて健康体だからそういうカッコつけた事がいえるのかもね。でもそれだけ脳が破壊されるってことには敏感に考えている。何故こんな風に考えるようになってったかというと中学時代の体験が大きい。


 中学時代、友人のじいちゃんが重度のアル中でそこに遊びにいくとそのじいちゃん私によく襲いかかってくる。発狂すると手がつけられなくて、そのダチも自分もよく殴られたんだけど、ある日マウントポジションとられちまって顔面をメチャ殴打されてね。それを見かねた友人が私の名を叫び、そのじいちゃんにめがけてモデルガンで何発か撃ったことがあった。
「お前もこの銃でいいから撃て!」ってJ9っていうライフル型のモデルガンを自分に渡したこともあってね・・・。いやーさすがにまずいだろって思ったんだけど、あまりに襲ってくるもんで何発か腹や足下に撃ったことあるんだよね。


 因みに、このJ9って銃はライフル型の空式タイプのもんで、値段も高くメッチャ威力があった。モデルガンマニアのそいつんちにはそういうもんたくさんあって、よく触らせて貰ったりしてた。勿論これは人に向けるもんでなくBB弾でも相当痛いし小動物なら殺傷能力すらある。そいつが言うにはじいちゃんが暴れ出すと止めようがなく、素手ではかなわないし武器を持つわけにもいかないんで当たってもさほどダメージがないモデルガンを使うようになっていったんだと・・・。
最初は暴れるのを抑止するための道具として使ってたらしいけど、撃たないでいると平気で噛みついたりしてきたので、しまいには足下めがけて撃つようになっていったそうだ・・・。


 結構ファンキーな話なんだけど、そいつの部屋で遊んでいるとね、ちょっとした物音が聞こえるだけで二人してドアごしで銃を構えているというなんともアホな二人。
 まあ普通そういった家庭内の事情は見せたくないもんだが、そいつはそれでも私を遊びにこいこいってしょっちゅう誘ってたね。多分一人じゃ嫌だったんだと思うな。私にオレの家すげえだろ?って笑い話にすることで憤りをどこか誤魔化していたんだと思う。
 その証拠に中学3年くらいからは色んな奴のとこに泊まり歩くようになっていたし、当時家を追い出されて短期間一人暮らししてた私のアパートにはしょっちゅういたよ。


 この話誰もが不謹慎と感じるとも思う。だけどね被害者の私からみると、アル中で完全にいかれちまっているそのじいちゃんは正気の沙汰ではなく完全に狂人の目をしててね、まともに対処なんてできないって・・・。
それにモデルガンで何発か撃って床にうずくまり、痛みが治まると懲りずに何度も私に両手を上げ襲ってくるその構図って、完全にスプラッター映画さながらのゾンビ対警官なんだよね。
 アル中で記憶を削られた人間でこういったたちの悪いのはまさに生きた屍みたいなもんで、あちら側の人間としかおもえんし、友人には悪いがはっきりいっちまうと生きてる価値なんてねーとさえ思ったよ。
友人も笑い話として、こいつホントにオレのじいちゃんに撃ちやがったなんて今でもいってるけど、最後までそいつは私に自分の家族のことを愚痴らず笑い話で済ませてた・・・。


 まあ、そういった奇妙な体験のせいでそん時から脳が制御できなくなったら、価値なんてねーって考えるようになってった。だから私は酒に溺れる奴が嫌いだし、酒の力を借りてでしか喋れない奴なんか相手にしたくなかった。饒舌になったり泣き言ほざくくらいならいいけど、完全に羽目を外す奴は敬遠してたね。(まあ、若い頃ワイルドターキー一気のみ〜とか、酔拳やりまーす・・・泳いじゃいまーす等々、酒の席で馬鹿やってた私がいえるセリフではないか・・・。)


 その昔、私も死んだじいちゃんによく可愛がってもらったんだけど、ある日痴呆症がひどくなり隔離された病院に行ったのを聞いて、幼い私は祖母に行くなといわれたにもかかわらず田舎外れの病院を一人で探して行ったことがある。
 私はじいちゃん子だったため、じいちゃんを追いやったような形にどうしても納得できずに病院名だけをたよりに遠出した。
とまあ、これだけを聞くと、なんとも泣けるいい話のように思えるが実際はそうでもない。


ど田舎の外れの病院まで歩いていって、中に入ってじいちゃんの名前を色々な人に聞いても意味不明な言葉を返してくる。要は呆けた人達の集まる病院で、その呆けた一群に一生懸命私は聞いていたのだ。さすがにガキンチョの私もこの人達に聞いてもらちがあかないとふみ、ヘルパーしき人に訊ねたら、あっさり案内された。
勿論感動的なご対面等なく、じいちゃん私の事、だれチミ?状態。


感傷的になってたのは自分だけで、再会する手前と再会した一瞬だけだったよ。勝手に抜け出してじいちゃんに会いに行くことに、どっかでドラマのようなストーリー描いて勝手に悲しんでた。まさに自慰行為みたいなもんだよ・・・。
誰ですか?ってじいちゃんに言われた瞬間、それを境に悲しみも、なにもかも全ての感情が削ぎ落とされていく感覚になってった。
それ以後、私はじいちゃんに会うことすら躊躇したし、自分の事等忘れてしまったと思うと病院にも、実家にも赴こうとさえ思わなくなっていた。


この事はその後祖母にばれてね。メチャ怒られた。会ったりすると帰りたがるらしく介護が大変ならしい。そんなん知ったこっちゃない私は、孫がじいちゃんに会って何が悪い!今会わなければいつ会うんだ!とばあちゃんにくってかかったら、ばーちゃん珍しく興奮しちゃってさあ、じゃあ、あんたも病院で泊まってきなさい!とマジ切れしてたよ・・・。
このばあちゃんの気持ち、当時はなんという鬼ババアめ!って思ってたけど今なら分かる。
介護ってのはそれだけ辛くて、世話もしてない外野が上辺だけの綺麗事ぬかす程甘いもんではないって思うし、それが幼い私に対し思わず溜めてた感情が吹き出したのだろう・・・。


 じいちゃんが完全に私のことを忘れていると分かった瞬間。私にはじいちゃんに対する思いは半分は消えた。記憶も呆けてその一部を損傷したら、その人との築いた関係も一部終止されるんだと思っている。
それでも介護に献身になる人っつーのはもう次元や質が違う。
それって過去の自分との歴史を頑なに信じている人で、こういう人間ってのは人に対しても腹の括り方が半端ではない。
宗教者とかはある意味こういう人が多いのもたしかである・・・。


 例えばキリスト教なんかは霊肉二分の世界観を持ってて、肉の方ははじめから死の世界に属していると考えてる。本当の生命は霊のほうに所在しているって考えで肉体はチリとか飾りみたいなもんで、霊がそれに宿っている間生きた肉体として機能して霊が離れればチリに戻るって考え。
まあ霊そのものを信じちゃっているから、脳とか、肉体だとかは彼らからすると次元が違うんだろうね・・・。だからあんなに献身に介護が出来る。
 死刑囚も来世の自分をこのキリスト教の教えがあるから、信じれるっつーのはあるよね・・・。


 私が好きな死刑囚歌人が残した歌で
・・・・聖書よみ 日の明るみに 目あぐれば 鉄の格子は融けて風あり・・・・
というものがある。これなんか見てもいかにキリスト教を信仰し、来世の自分を信じているのかが窺える・・・。


閑話休題。私はぶっちゃけいうと脳死した人の肉体は死体だとは思っていないし、決してそう割り切ることはできない。脳死から臓器移植が進まないのは人間の生会得生死判別能力からすると生の側に入れられているからでもある。心臓は動くし、呼吸もしているからね・・・。でもこの事は医者によってもまちまちで脳死を死と捉えている者をいるし、それに異論を唱える医者もいる。


でも老人性痴呆症の場合に限り、私は矛盾しているが仮死だと考えてる。記憶を失うほど辛いものはなく、思いを寄せた人が自分の事を覚えてない程耐えられない虚無感に襲われることはない。
つまり完全に死滅していない脳とほぼ正常に動く肉体を併せ持つことに、どうしてもギャップを感じてしまうし、その姿を見るたびに全ては終わったと、ある種本当の死を心の中で準備している自分がいる・・・。
それでも献身に介護する人間ってのは、その人との心の糸を信じているわけで、そういう人達をみると現代的な合理的人間をきどっている自分がいかにゲスな奴だって思うときあるよ・・・