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第31回  Daisuke「夏がくれば思い出す」

 

夏がくれば思い出す。もう夏はすっかり終わっている感じですが、大阪ではまだ暑く。沖縄でもまだ暑く。南半球はこれから夏が来ます。

ということで、夏の思いでなんか一つ。

 

誰も書かなかったのが不思議ですが、ローラーコースター!!は名門吹奏楽部の部員たちが多く在籍していて、それ以外のメンバーも吹奏楽部出身者がかなり多いです。
そして夏と言えば、甲子園ならぬ、吹奏楽コンクールが毎年繰り広げられています。参加人口や練習量で言えば、吹奏楽も高校野球に勝るとも劣らない人気です。その多くが全国大会出場を目指してがんばっている訳です。

といっても私の行っていた高校は、大阪府でも吹奏楽が盛んとは言いがたい学校でした。進学校というのもあったかもしれませんし、顧問がまったくやる気を示さず、年に数回の定期演奏会で身内に演奏を披露するだけという、情けない状況でした。全校生徒も少ないため、部員数も20名を超えることもなく、吹奏楽の名曲を演奏するにも物理的な人数が足りず、やれないという状況でした。

そんな高校2年の春、私は部長に立候補していました。やる気があったというより、なにか今までできなかったことをやってみたかったというのがあったんだと思います。弱小吹奏楽部と言われたくない、練習は名門校と比べて劣っているとは思っていませんでした。やる気も。でも、外にでて評価される場所がなかった。だからこそ、なんとかして部活を変えたいという思いが、自然に部長を目指すことにつながったのだと思います。

そして、部長になった私が最初に目を付けたのは吹奏楽コンクール大阪府地区予選に出場することでした。

大阪は吹奏楽が盛んで、市が公立の吹奏楽団を所有していたり、高校には名門、淀川工業、一般でも阪急と名門が揃っています。その同じ舞台に立ってみたかった、そんな思いが強かったと記憶しています。

といっても、名門と違って50名の大編成に出られるはずもありません。(名門校はAクラスに1軍、Bクラスに2軍、それにも出れない3軍まで持ってたりします)

狙うは30人以下の小編成の部でした。

といっても、当時の部員は15名ほど。とても出場はほど遠く、新入部員の勧誘もままなりませんでした。

 

そんな時、目を付けたのは「同一校舎の付属学校は、高校の部に中学生が参加できる」という特例でした。そう、うちの学校は中高一貫教育。同じ音楽室に中学生もいるのです。その中学生に力を借りればなんとか、30人集まるはず。

中学の顧問に頭をさげ、高校の部活を引退した3年に頭を下げ、友人で楽器経験者に今回だけとお願いをし。ようやく30名ほどの参加者を集めました。

指揮者は大学で吹奏楽を続けているOBにお願いして、どうにか形が見えてきました。

 

部長として、全くと言って前例のなかったコンクールへの参加。ほぼすべてが初体験。それも、顧問の援助は全くなし。思えばよくやったと思います。

毎日が練習に明け暮れ、塾といって休む部員を説得し、とにかく必死でした。

 

そして、ようやく曲が形になってきたある日、問題が起きました。
3人しかいない、サックスパートの一人が盲腸で入院したのでした。正直、30人編成だと、一人でも欠けると大問題です。和音の構成音がなくなってしまうことだってあるのです。でも後戻りはできませんでした。やるしかなかったですから。

盲腸になった友人の病院にお見舞いに行き、私はこう約束しました。

「地区大会を勝ち抜いたら、大阪府大会がある。それまで3週間ほどあるから、絶対、一緒にコンクールに出よう」

思えば、暴挙に近い一言でしょう。

勝ち抜ける見込みなどほとんどなかった訳です。ましてや30人も集められず、未熟な中学生を含めた編成です。でも、力強く言っていたのは間違いないです。

そして学校に戻ってみんなで府大会に行くことを約束し、練習に励みました。

 

迎えたコンクール当日、緊張はピークです。大阪城に近いホールでの演奏。正直、こんな客席のあるホールに立つのは初めて。どうしたらいいのかもわからず、あがっていたくらいしか覚えていません。

でも、演奏が始まると不思議と曲に集中できていました。いつも通り、それだけを考えていたと思います。

そして、演奏が終了し、指揮者のタクトが下げられたとき、

「ブラボー!」

身内の言葉だったのか、一般のお客さんだったのかはわかりませんが、客席から声がしました。そして一瞬の間の後、会場を包む拍手。

その日一番の拍手だったかはわかりませんが、最高にうれしい拍手だったと記憶しています。

 

そして、すべての演奏が終了して、結果発表です。

小編成は、金、銀、銅ではなく、優秀賞、奨励賞という2つ。優秀賞の中から代表が決まります。

順番に学校が表彰されていき、座席からは歓声があがっていきます。

そして、私の学校の番。

「○●高校・・・・優秀賞!」

歓声が上がりました。いや、自分が歓声を上げていました。初めての参加で上出来です。自分たちが初めて外で認められた瞬間でした。

そして、すべての学校が呼ばれた後、代表が呼ばれます。

「そして、府大会に出場してもらう学校は・・・」

静寂のあと、自分が他の部員に祝福されて、初めてわかりました。そう、大阪中地区の代表に選ばれたのです。

正直、うれしさと多くの仲間への感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 

大阪府大会では、代表にはなれず。私の夏はそこで終了しましたが、急病で参加できなかった友人も無事、約束を果たして一緒に出てもらうことができました。

 

こんな思いは名門校で、当たり前に勝ち進む学校なら味わえなかったと思います。金賞、ゴールド!だけが吹奏楽ではありません。私はそれからも、あの日の感動を味わいたくて、音楽を続けています。人を楽しませることができて、自分が感動できる。そんな演奏を目指して。