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文 Daisuke


第4期 2008年〜ひとつの目標達成、そして大きな岐路

オリジナル路線へ転向してからも、勢いはとどまるところを知らない。

とっておきの音楽祭ではコラボレーションソングとして、My Startlineを作曲。通常のステージの演奏と共に、フィナーレでの演奏を担当する。多くの人の前で演奏することが目標であり、フィナーレを担当できるだけ認知されてきたという証でもあった。

そしてその勢いを受けて臨んだ定禅寺ストリートジャズフェスティバル。ついにフィナーレのステージに指名される。人気バンドとしてのパフォーマンスを認められたという証でもあり、5000人とも言われるステージを見事にこなし、仙台にローラーコースター!!ありということを見事にアピールすることに成功した。一つの大きな目標を達成した年であったと言えるだろう。

その一方で、Hoppyの就職による活動休止があり、固まりかけたバンドの形がまた動き始める。サックスのUが活動休止する一方で、就職のため仙台を離れていたKOBAが復帰。同じメンバーで走り続けることが出来ない中、模索の活動が続く。

そして、2009年の定禅寺ストリートフェスティバルにおいて、衝撃が走る。

ボーカル&アジテートマンとしてセンターに君臨していたTOMの突然の脱退である。音楽性の違いによるものではあったといえ、メンバーにもファンにとってもあまりに大きな出来事であった。翌月にはワンマンライブも企画されており、すべてを白紙にするという決断に迫られたメンバーであったが、違う決断をすることとなる。

ジャズフェスでは全員が対等のメンバーとして、ステージを盛り上げ、まさに最高のステージを作り上げることに成功。TOMに頼りがちであったバンドのスタイルから脱却することができた。

そして、わずか1ヶ月程度の準備期間で、「マッターホルンボブスレー」というイベントを立ち上げる。仙台で屈指のバンドを招いてのイベントは大成功をおさめる。ローラーコースターもホストバンドとしてTOMの不在を忘れさせるほどのステージを演じる。ゲストボーカルとして、Chihiroが原色の孤島を歌うなど新しいスタイルを見せつけた。

だが、そのイベントの最後には、バンド立ち上げ時のオリジナルメンバーである、トランペットのTAKEが無期限活動休止を宣言。結果として、2009年はこのイベントを最後に休止状態となる。